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2007年9月24日 (月)

黄金の茶室

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連休を利用して伊豆、熱海に行ってきました。写真は途中訪問した「MAO美術館」の黄金の茶室です。これはかつて、豊臣秀吉が造らせたものの復元だそうで、「容易に運搬可能な組み立て式の茶室であり、御所や名護屋城など各所に運び込まれて披露された」そうです。

黄金の茶室
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E9%87%91%E3%81%AE%E8%8C%B6%E5%AE%A4

MOA美術館
http://ja.wikipedia.org/wiki/MOA%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8

なんとも荘厳な茶室ですが、そこで飲むお茶とはどのような味わいだったのでしょうか。ちょっと想像できませんね。私は下の写真のような茶屋の方が落ち着きますが…。

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2007年9月15日 (土)

中国でのお茶との出会い(華南編2)

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香港人社長との出会いは、華南地区でのプロジェクト立ち上げにおいて非常に重要なものでした。もし、彼との出会いがなかったら多分プロジェクトは頓挫していたでしょう。実はそれまでの私は、中国に進出している経営者の中で香港人に対しては、あまり良い印象を持っていませんでした。どちらかといえば、台湾人経営者の方が日本人の考えに近いという、漠然とした思いがあったのです。

彼は、10代のとき大陸から香港に移住し、大学も出ず(多分、高校も)宝飾店に丁稚奉公していたのだそうです。ご両親のことはほとんど語らないので、もしかすると政治的な理由があったのかもしれません。当時の香港といえば、冷房の無いビルの中で時計や宝飾品を作っていた、そんな時代です。

そして彼は、先代の社長の娘さんと結婚し、娘婿として今の会社の社長になったのだと、しばらくして知りました。先代の社長には息子さんもいるのですが、経営者としての手腕は彼の方が上なのでしょう。また、英語が得意な奥さんが海外のお客さんの対応をしていて、とてもいいコンビです。プロジェクトは、紆余曲折はありましたが半年で軌道に乗り、日本企業とのジョイントが欧米企業にも評価され、彼の会社にとっても大きなメリットとなったようです。

そんな彼の工場を初めて訪問したときにいれてくれたお茶。そのおいしさに本当に驚きました。「どこのお茶なのか」と聞くと、そのお茶は彼の故郷福建省の親戚がいつも送ってくれるものなのだそうです。鉄観音(ウーロン茶)の芳醇な香りと深みのある味にすっかり魅了されました。

余談ですが、このところ香港では、中華を食べる時に女性がお茶を選ぶとほとんどプーアル茶です。私はプーアル茶はちょっと苦手なのですが、ダイエット効果があるとのことで人気のようです。香港で肥満の女性をほとんど見かけないのもそのせいかもしれません。男性の方には二日酔い防止にお勧めです。


◆写真は内容とは関係ない、マカオでの一枚です。

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2007年9月 6日 (木)

中国でのお茶との出会い(華南編)

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私が中国茶に目覚めたのは、上海から深センに転勤になってからです。2001年のことですが、日経ビジネスが「世界の工場」など盛んに中国特集を組んでいたのも、丁度そのころだったと思います。しかし生活環境は一変、「天国から地獄」とでも言いましょうか(笑)。

仕事は、前年に立ち上げた上海の駐在事務所を後任に引き継ぎ、華東地区(上海地域)での購買から華南地区(広東省一帯)での製造が中心となりました。毎日工場で昼・夜(17:30から)の食事をとり、土曜日も毎週出勤という健康的な生活です。

この時、関係先の工場がほとんど台湾系、香港系の企業ばかりだったので、先方の工場を訪問すると必ずお茶でもてなされます。それも上海のように「コップにお茶っ葉をそのままいれてお湯を注いで出す」というよなものではなく、工夫茶と呼ばれる茶器をつかった伝統的な入れ方です。

クレームでこちらが「カリカリ」きている時でも、「まあまあ、とりあえず、どうぞ、どうど」とお茶を出されると、術中に嵌ってしまい自然と和んでしまいます。華南地区の工場では応接室や社長室に、立派な茶器が置いてある場合が多いですね。

そして、私が本当に“おいしい”と思ったお茶に出会ったのは、ある香港人社長との出会いでした。その話は次回に。

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2007年9月 4日 (火)

ティーブレイク

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このところ仕事の話ばかりでしたので、ちょっとティーブレイクです。

弊社カレンダーでご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、画家の照沼光治先生から個展のご案内を頂きました。画像は9月の「峰響」という作品です。個展の詳細は下記にて。

場所:ギャラリー・ショアウッド 東京都港区南青山3-9-5

htttp://www.shorewood.co.jp

日程:9月10日(月)~10月4日(木)

10日の16:30~18:00の間、照沼先生もいらっしゃるとの事。

お近くの方は是非足をはこばれていはいかがでしょうか。

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2007年9月 1日 (土)

中国でのお茶との出会い

今回、新規事業としてマルチティーポット販売を開始しましたが、なぜ突然お茶なのか?と疑問に思われるかもしれません。そこで、私のお茶のかかわりなどを「MacMa的お茶の話」の中で綴っていきたいと思います。先ずは中国でのお茶との出会いから。

日本でもコミュニケーションのツールとしてお茶は欠かせませんが、中国においても同様です。私がはじめて中国を訪れたのは1998年、上海です。訪問先の会社では行くとまずお茶が出てきます。上海などの華東、華北では一般的に緑茶です。ガラスのコップにそのままお茶の葉っぱを入れ、そこにお湯を注ぐという入れ方。

(尚、広東省などの華南地域では鉄観音などウーロン茶が多く入れ方も異なります。これは別の機会にご紹介しましょう)

もっと簡単になると、ティーバックとか。さらに簡単になると白湯です。ただ、別に白湯だからといって邪険に扱われているわけではなく、決して非礼ではありません。最近ではペットボトルの水でもてなすところも結構あります。時には外国人のお客だとわざわざコーヒーを出してくれるところもあり、驚かされます。時代の変化をしみじみ感じますね。

さて中国赴任となった99年の春、当時語学留学していた大学の旅行で杭州に行きました。ご存知の方も多いかと思いますが、龍井で有名な緑茶の産地です。当時はまだ交通の便もそんなに良くなく、確かバスで4時間ぐらいかかったと記憶しています。それも、大学自前のボロボロのバスです。

旅行ではお茶の博物館も見学し、茶畑とかお茶の製造工程などの説明を受けたのですが、まだお茶に興味もなく中国語も全く聞き取れなかった私はちんぷんかんぷんでした。印象に残っているのは、小さな缶にぎゅうぎゅうにお茶を詰め「お買い得ですよー」という売店での実演販売です。「中国らしいな」と妙に関心したものです。

この時の上海での生活は約2年でした。しかし、結局、お茶とはあまり縁のない生活でした。お客さん用に「お湯を注ぐと字が浮かび上がる茶器」なども買い揃えましたが、自分ではほとんど飲む機会はなかったように思います。

私が一度目の上海赴任をしていたこの時期、99年から2001年にかけては、ペットボトルの飲料が巷に出没しだし、コカコーラ(可口可楽)、ペプシコーラ(百事可楽)、スプライト(雪碧)、リプトン(立頓)のレモンティー(凍檬茶)が流行り始めた頃です。それから間もなく台湾系の統一とか、中国系の康師傅なども台頭してきました。日系では低価格ビールで成功したサントリー(三徳利)が中国でもウーロン茶の販売を開始し、日本にはない砂糖入りの甘いタイプ「低糖」と砂糖無しの「無糖」の2種類があり、砂糖入りの方が人気があったようです。

現在、中国の飲料市場は、日本同様に新商品ラッシュのようですね。お茶の話から脱線してしまいましたが、次回は南の広東省のお話を。

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