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2007年11月25日 (日)

広州お茶市場

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先週の中国出張で広州のお茶市場に行ってきました。写真は市場にあった急須のモニュメント。何とも中国らしいですね。

この市場は中国(多分、華南地区?)最大のものらしく、全国各地のお茶の卸商が集積しており、各地から小売店のバイヤーが買い付けに来るのだとか。もちろん、茶器などの関連商品も多数あります。今回、私は時間がなくお店を見て回ることはできませんでしたが、どちらかと言うと国内向けの印象です。

広州にはお茶だけでなく他にも卸し市場が結構あり、広州駅近くの雑貨市場(日本の浅草橋やかっぱ橋の感じでしょうか)では鞄とか靴とかを買い付けに来るバイヤーでいつも賑わっています。ただ今回驚いたのはアフリカ系のバイヤーの多さです。

扱い商品が国内向けのB級、C級商品ということもあり、これまでは買い付けに来ているのは中国人バイヤーがほとんどだったのですが、今では3割ぐらいがアフリカ系のバイヤーでしょうか。多分、母国に持って帰って売れば、いい商売になるのでしょうね。

しかし、街の雰囲気は「ここは本当に中国なの?」と思うぐらい不思議な感じでした。

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2007年11月22日 (木)

香港⇔深セン(深セン湾イミグレ)

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18日から3日間、香港、深セン、広州と出張して来ました。そこで今回は今年の7月に開通した「深セン湾イミグレ」の体験談をレポートします。7月の開通の式典では香港の中国返還記念日にあわせて胡錦濤氏が訪問したとういう触れ込みで、かなり期待していたのですが、営業時間が朝6時半から夜12時までということもあってか、羅湖、皇岡と比べるとまだまだ利用者は少ないようです。

写真は中国(深セン)側。この日は深センから香港へ日帰りで中国の出境、香港の入境のイミグレも非常にすいていてとても快適でした。イミグレから香港市内へはバスを利用します。佐敦(ジョーダン)まで35元、人民元も香港ドルでも同じということで、私は香港ドルで支払いました。ちなみに、深センではこのところの元高で香港ドルは歓迎されず、タクシーなどでも香港ドルは受け取りを拒否されます。

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こちらがそのバスです。そして深センから香港へ。

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こんな感じで、中国のインフラ整備のスピードには毎回驚愕させられます。

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こちらは香港の風景です。何かとても香港らしいですね。

ただ、今回の出張でつくづく感じたのは中国、香港の空気の悪さです。東京に戻ると本当にそれを実感します。東京が良くなったのか中国がひどくなったのかはわかりませんが、中国の環境問題は深刻です。

そんなことを、しみじみ感じた中国出張でした。

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2007年11月14日 (水)

やっぱり現場は面白い

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ここ数日、現場に訪問する機会が多く刺激の多い日々が続いています。現在の私の現場というのは小売業の売り場です。そろそろクリスマスのデコレーションも始まり、年末商戦に向け店員の方々のなんとなくピリピリした感じに、こちらの緊張感も高まります。

また、製品開発においても作り手側の都合で物事を考えると、ユーザーの立場に立っていない場合も多く、売り場で実際毎日お客様の声を聞かれている方の話は、商品開発だけでなくマーケティング上も非情に参考になります。

その中からちょっと面白いというか興味深いお話をご紹介すると、

前日にある商品を買った娘さんが、お母さんから「中国製は絶対だめだと」としかられ、返品に来たのだとか。私としては困った話なのですが、しかし一方では中国製品もそれだけ日本の消費者の厳しい目にさらされる必要があるのではないかとも思っています。

最近でこそ中国製品について日本のマスコミもその安全性をしきりに取り上げていますが、「世界の工場」ブームのころ中国で生活していた私は、そんな日本の雑誌を見るたびに非情に違和感を感じていました。当時も「商品レベルやサービスレベルは10年たっても絶対日本にはかなわないだろう」と思っていましたし、現在もその考えは基本的に変わっていません。

ただ、日本の製造業の問題は、労働集約型の仕事をする日本人がいなくなりつつあることで、今の日本の製造業の現場は外国人労働者によって支えられているといってもいいでしょう。そして少子化によって若者の数が減っていくと、今後はサービス業への外国人労働者の進出が加速度的に進むとみています。この少子化と外国人労働者の問題は国家としてもっときちんとした戦略的な対策が必要ですね。

昨日たまたま行った焼肉屋さん。そこのお姉さん(アルバイトかもしれません)の仕事ぶりに感動しました。自分の仕事に対してプライドを持ち、エクセレントなサービス(ちょっと大袈裟か)に接し、「日本のサービス業の現場はまだまだ大丈夫だ」と嬉しくなった次第です。

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2007年11月 2日 (金)

紅茶の記念日

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さて、今日から11月。今年も残すところあと60日となりました。

今日新聞の夕刊を見ていたら、11月1日は「紅茶の記念日」だと書いてありました。何でも江戸時代に漂流してロシアに流れ着いた大黒屋光太夫が、日本人として初めてエカテリーナ2世の“お茶会”に招かれ、紅茶を飲んだ日なのだそうです。

大黒屋光太夫についてのwiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%BB%92%E5%B1%8B%E5%85%89%E5%A4%AA%E5%A4%AB

大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう、宝暦元年(1751年) - 文政11年4月15日1828年5月28日))は江戸時代後期の伊勢国白子(現三重県鈴鹿市)の港を拠点とした回船(運輸船)の船頭。 1783年、嵐のため江戸へ向かう回船が漂流し、アリューシャン列島アムチトカ島に漂着。 首都ペテルブルグで皇帝エカチェリーナ2世に謁見して帰国を願い出、漂流から約9年半後の1792年に根室港入りして帰国。 幕府老中松平定信は光太夫を利用してロシアとの交渉を目論んだが失脚。 その後は江戸で屋敷を与えられ、数少ない異国見聞者として桂川甫周大槻玄沢蘭学者と交流し、蘭学発展に寄与。 桂川甫周による聞き取り『北槎聞略』が資料として残され、波乱に満ちたその人生史は小説や映画などでたびたび取りあげられている。

生まれて初めて飲んだ紅茶とは、彼にとってどんな味だったのでしょうか。

実は、私は紅茶を飲むようになったのは30代になってからです。それまでは喫茶店でも家でもずっとコーヒー派でした。どうも“薄い”感じがするのと、砂糖とかレモン、ミルクを入れたりするのが何となく「女性の飲み物」、「男は黙ってブラックコーヒー」みたいなイメージがあって、数えるぐらいしか飲んだことがありませんでした。

それが、ある時紅茶に目覚めました。ネパールにトレッキングに行った時、いつも山小屋で出されるのが紅茶です。もちろん某ブランドのティーバックの紅茶ですが、雄大なアンナプルナを見ながら飲む紅茶、その旨かったこと。それ以来紅茶が大好きになりました。ちなみにビールではないのは、ネパールでは山小屋代は食事付きでめちゃくちゃ安いのですが、ビールがものすごく高く、確かビール一本が一泊の宿泊代と同じぐらいだったと記憶しています。

ネパールはまた行きたい国のベスト3に入る国ですが、最近は政情不安がちょっと気になるところです。

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